NEW【保護者向けコラム】 保育士になった元事件記者が解説 ニュースで読み解く「闇バイト」の最新事情
SNSなどで高額な報酬をうたい、詐欺や強盗に誘い込む闇バイト。青少年が目先の金銭を手に入れるため、甘い言葉に誘われて重大犯罪に加担してしまうことが社会問題となっています。広がる闇バイトの罠(わな)から、子どもたちを守るにはどうすればよいのか――。朝日新聞記者として事件取材を長年続け、子どもが関わる事件にやるせなさを抱いたことから、「子どもを守るすべを知りたい」と保育士の資格を取得した緒方健二さんに、闇バイトの実態、そして保護者ら周囲の大人が取るべき対策を聞いた。
緒方さんが考える「ストップ!闇バイト」3つのポイント
- 闇バイトは捨て駒、ワンチャン(成功)はない
- 闇バイトは「犯罪者募集」、大人が実態を教えるべき
- 子どものスマホ使用には常に目を光らせる
高校生がミャンマーで……
未成年に広がる甘い誘惑
東南アジアの特殊詐欺拠点が摘発され、日本人が逮捕される事件が相次いでいる。今年2月には、ミャンマー東部で特殊詐欺に加担していた日本人の16歳の男子高校生が現地で保護され、帰国後に逮捕された。2024年に全国の警察が特殊詐欺で検挙した人のうち少年は2割近くを占める。未成年に特殊詐欺が広がる背景には何があるのか。

若者が闇バイトに関わるきっかけは、オンラインゲームやInstagram、X(旧Twitter)といったSNSが大半です。スマートフォン(スマホ)は中高生だけではなく、小学生などもっと幼い子どもたちにも広がっています。犯罪をたくらむ側は、子どもたちの興味を引くような甘い言葉を使い、関心を集める。特殊詐欺に関わる若者は、せいぜい3万円や5万円といった目先の報酬に引っかかってしまいます。
ミャンマーを舞台にした事件に関わった少年たちは、オンラインゲームで接触した相手から「タイにおいでよ」と誘われたり、「海外に関わる仕事がある」とネット上のやり取りで勧誘を受けたりしたという。SNSが特殊詐欺に関わりやすい状況に拍車をかけているが、緒方さんは取材経験を踏まえ、若者が特殊詐欺に関わる事件は今ほどスマホが普及していなかった10年以上前から存在すると語る。
2014年に記事化した中国のマンションを拠点にした特殊詐欺事件では、日本人が数十人集められ、日本のお年寄りをだまして金銭を詐取していました。お年寄りに電話をかける「かけ子」をしていた50歳前後の男に私が取材したところ、その拠点では20代前半の若者たちが1時間に何件電話し、何件だませるかを「ゲーム感覚」で競い合っていたというのです。海外に拠点を置いた特殊詐欺に若者が関わる素地は、以前からあったのでしょう。ただ当時よりもスマホが普及し、若者の多くがSNSやオンラインゲームに接する今、犯罪の入り口は確実に増えているといえます。
脅しと暴力で「闇」から抜けられない状況に
ミャンマーの事件で保護された少年は「スタンガンで脅された」などと述べ、未成年を支配する組織の手口の一端も垣間見えた。犯罪組織は若者たちをどのように支配していくのか。

先ほど述べた中国の事件では、詐欺の拠点に行くと運転免許証や旅券を取り上げられ、家族関係を詳細に聞かれ、暴力的な行為でも支配されたといいます。最近の事件でも、犯罪グループが闇バイトの応募者に身分証や家族の画像などを送らせるケースが報道されています。個人情報を押さえて簡単にグループから抜け出せないようにして、繰り返し犯罪に加担させ、もし警察に逮捕されたとしても犯罪組織についてしゃべらないよう脅すやり方です。
まさに闇バイトは「捨て駒」であり、一度組織に捕まってしまうと、やめたいと思っても自力で抜け出せなくなってしまいます。私の取材先で、かつて犯罪組織に関わっていた男性は言っていました。「闇バイトにワンチャンはない」。闇バイトに関わって、うまくいくことは絶対にない、ということです。
闇バイト事件では、末端とされる電話のかけ子や実行役の摘発に関するニュースはよく見る一方で、組織のトップの摘発に至るケースは少ない。犯罪組織の実態を解明することの難しさはどこにあるのか。緒方さんが述べる「ピラミッド型」の構造に、その答えがありそうだ。
犯罪組織の一番上に首謀者、その下に統括役や指示役といったいくつかの階層があり、闇バイトに加担させられる若者は一番下の階層にいます。彼らは指示役の顔と声ぐらいは知っていたとしても、統括役や、ましてや首謀者に至っては名前も知らないでしょう。
そもそも自分がやっていることが、ピラミッド型の組織のもとで実行されていることの想像さえつかない。だから警察が末端を逮捕して「誰に指示されたのか」と聞いても、彼ら、彼女らは答えないのではなく、本当に知らなくて答えられないことも多いのです。
さらに特殊詐欺だけではなく、闇バイトで集められた若者が強盗や殺人を犯す事件も目立つ。なぜここまでエスカレートしてしまうのか。
犯罪組織に関わる人に取材したところ、若者たちは犯罪のリアルを知らないまま甘い言葉に引っかかって加担し、現場で予想外の状況に直面してエスカレートするケースがあるのではないか、という見方でした。強盗に入ってお年寄りに予想外に抵抗されたら気が動転してしまい、凶器を使ってしまう。暴力を振るったり工具を使ったりしたらどんなダメージを与えるのか、危険性を知らないのです。もちろん、だからといって犯罪が許されるわけではありません。
ストップ!闇バイト 対策の最前線
2025年1〜7月の特殊詐欺の被害額は全国で722億円を超え、早くも2024年の総額(718億8000万円)を上回った。自分たちが何者かを名乗らず、匿名性の高いSNSなどで実行役を集め、特殊詐欺などの犯罪を行う「匿名・流動型犯罪グループ(トクリュウ)」の広がりも大きな社会問題となっている。警察はどのような対策をしているのか。
特殊詐欺が国民の治安の大きな不安要因になってから、もう20年以上が経ちます。末端ばかりを逮捕していてもなかなかなくなりません。最近の犯罪を仕切っているトクリュウは、これまでの組織以上にその正体がつかみにくいとされます。現状を打破するために、最近は警察官が架空の人物を装って闇バイトに応募し、犯罪組織に接触する「仮装身分捜査」を始め、2025年5月には特殊詐欺事件の容疑者1人を検挙しました。
他にも、AI(人工知能)を使ってSNS上の闇バイトの募集を検知するシステムの活用も進めています。SNS上に投稿される「ホワイト案件」や「高額報酬」といったキーワードを自動で調査し、捜査に活用するというものです。これまでは警察官の手作業に頼っていましたが、AIの導入で有害な投稿を効率的に検知できると期待されています。

ネットの怖さを教える 家庭で地域で
約40年の新聞記者生活のうち9割近い期間、事件を取材してきました。子どもが誘拐や虐待で命を落とす事件を取材するたびに、「こんな事件は二度と起こしてはならない」と思い、当事者や関係機関に取材して記事を書いたつもりですが、一向になくなりません。
本来子どもは無条件で大人から慈しまれ愛されるべき存在です。何か他に自分にできることはないかと思い、保育や幼児教育の基礎を学びました。
子ども時代に経済的にも愛情的にも恵まれなかった若者が犯罪に走ってしまうこともあります。どんな事情があっても犯罪に加担することは許されませんが、本来あるはずの育成や更生の仕組みが機能せず、さらに犯罪を繰り返してしまうこともある。そういった子どものなかには、保護者から見放され、学校の先生に「将来はこんな道に進みたい」と打ち明けても興味を示されず、わずかな希望の芽も絶たれてしまったというケースもあります。
保護者も教員も万能ではありません。自分の子どもであっても、その子の悩みや課題に全て一人で対応できるとは限らない。保護者自身が問題を抱えている場合もあります。そんなときは、専門的な知見がある窓口や機関に迷わず相談してほしいです。子どもの最善の利益を大人が探っていくことが大切だと思います。
闇バイトに限らず、さまざまな犯罪に子どもが巻き込まれてしまう現状を踏まえ、保護者や周囲の大人がやるべきこと、社会として必要なことはどんなことだろうか。
日本社会は「子どもを大切に守ろう」とは言っているけれども、現実にはそうなっていないと感じます。子どもたちが幸せであることが一番ですが、少なくとも法律や社会のルールを守る人間として暮らしていけるだけのすべや心構えを、大人がもっと教えるべきです。まずは家庭で教えることになりますが、もちろん、それぞれの事情でそれができない家庭もあります。その場合は専門機関や学校、地域が連携して子どもを守ることが、大人の責務だと思います。
闇バイトという言葉は、ミステリアスなイメージを喚起させるので私は使いたくありません。これは、ずばり犯罪者募集そのものです。大人がやるべきこととしては、子どものうちからネットの怖さや犯罪集団の存在、社会で起きている事件などの実態を広く教えていくこと。闇バイトの入り口はスマホ以外にもありますが、保護者の目が届きにくいスマホには多くの危険が潜んでいます。いろいろな事情でスマホを買い与えるとしたならば、世の中には弱い立場の人を食い物にしようとする人がいるということ、スマホを通して自分自身がとんでもない目に遭うかもしれないということを伝えてほしい。
スマホに危険なアプリを入れてしまっていないか、日常的な使い方も含めてしつこいくらい気にかけて、把握することも必要。常に目を光らせる姿勢でいることが大事だと思います。お子さんのために、ぜひ普段からアンテナを張り巡らしてほしいです。困りごとがあったら、迷わず警察の相談専用電話「#9110」に連絡してください。

緒方健二
おがた・けんじ 1958年大分県生まれ。同志社大学文学部卒業、82年毎日新聞社入社。88年朝日新聞社入社。東京本社社会部で警視庁の警備・公安や捜査1課を担当。捜査1課担当時代に地下鉄サリン事件など一連のオウム真理教事件、警察庁長官銃撃事件を取材。警視庁クラブでサブキャップやキャップを務め、警察・事件担当編集委員、前橋総局長、組織暴力専門記者。2021年朝日新聞社退社。22年に東筑紫短期大学保育学科入学、24年3月卒業。保育士資格、幼稚園教諭免許、こども音楽療育士資格を取得。朝日カルチャーセンターなどで事件・犯罪講座の講師を務めるほか、取材と執筆、講演活動を続けている。著書に『事件記者、保育士になる』(CEメディアハウス)。
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