【後編】応募する前に、実行する前に、立ち止まろう” —— 闇バイトをしない選択、そのために知っておくべきこと

「高収入・簡単・誰でもできる」そんな言葉の裏には、大きなリスクが潜んでいます。闇バイトを“しない選択”をするために必要な知識と心構えとは。加害者支援の現場を知る草刈健太郎さんと、防犯の専門家・京師美佳さんが、若者と社会に今、伝えたいこと。
■「わかっているつもり」でも、騙される現実
京師:さて、後編では「闇バイトをさせない」ために私たちができることについて話していきたいと思います。出来れば応募する前に止めたい。今、具体的な話を沢山聞かせていただきましたが、加害者支援に携わっている草刈さんだからこそ伝えたい若者へのメッセージお聞かせください。
草刈:やっぱり相談することが大切ですよね。周りに気軽に相談できる人がいることが大切です。一般的に1,200円相当のバイトが5万円で掲載されてると、5万円が詐欺とわかると思うんです。だけど若者の3割ぐらいはわからないって回答するらしくてですね。君、どう考えても分かりますよね!みたいな話ですけど、わからないのが現状ですので、3割は騙されるってことですよね。
京師:確かに、わからないのなら騙されますよね。
草刈:我々も、それをわかりやすく継続して発信していくしかないですし、もし知らずに闇バイトに応募してしまっても、勇気を出して警察に相談すれば、適切に保護してくれるはずなので、助かる道があることを合わせて発信していくことが大切ですね。
◆京師美佳の視点解説:
“常識”は個人の経験で育つ——だから啓発が必要
「見ればわかるでしょ?」「そんなの怪しいに決まってる」。大人たちはそう言うかもしれません。しかし、若者にとって“常識”とは、家庭・学校・社会で接してきた情報や経験の蓄積です。それが不足していれば、犯罪の兆しにすら気づけません。
私は防犯啓発において「前提が違う」ことを理解し、“ゼロベースで伝える”視点が不可欠だと感じています。繰り返し、わかりやすく、当事者の目線で届ける必要があります。
■実行前の「電話」——犯罪を止めた一言の重み
京師:若者たちにも相談をすることを、躊躇わないで欲しいですよね。以前の何かのインタビューでお話されていた、犯罪を草刈さんとの電話でやめた子がいるというのが凄く印象に残っていて。犯罪の実行前に草刈さんに挨拶の電話をしてきて、わざわざ犯罪を犯すことを伝えてきたのですよね。
草刈:あ~、よく覚えてますね(笑)
京師:凄く興味深かったのですね。実行前にというのが。
草刈:弊社で面倒みていた子がある犯罪を実行しようとしてね。僕も君の親になりますかっていう子だったから、まあ従業員全員家族ですしね。この子は今まで家族との関りがなかったから、『別にうちの会社来なくていいよと、君が専門学校行きたい、人の為に役に立ちたい、臨床心理士になりたいなら、お金出してあげるから家族になろうか』と、言ったんですが、犯罪しに行くって電話してきましてね。
京師:なぜ?って感じで驚きしかないですよね。
草刈:嬉しかったのは、行く前に電話してきてくれたこと。本来『今から社長、相手先に行きます。』って、なぜ私に電話してくるの?って話ですよね。
京師:ですよね。思いました(笑)
草刈:『とりあえず行く前に社長に挨拶したいと思って』と。いや、知るかよ!ですよね(笑)。君さ、行ったら誰が悲しむの?『社長と兄です。』君、私に申し訳ないから電話してきたんだよね?君が行ったら私、悲しむよね?『はい』なぜ私が悲しむことをわざとやるの。君、もし私のことを守らないといけないと思うのなら、今から帰ってきなさい。『はい、帰ります』って(笑)
京師:帰りますって素直ですね。偉い(笑)。このお話を聞いたときにね、初犯、再犯に関わらず、やっぱりそうして何かしようと思った時に、話を聞いてくれる人、また諭してくれる人が側にいるのは大きいと感じました。この子の場合は再犯ですけど、初犯でも何か罪を犯す前に迷ってるとかの時に止めてくれる人がいればいいことですよね、お金に困ってるって話もそうですよね。お金が欲しいから闇バイトという発想を、他の道筋を諭してくれる人が近くにいれば、行わないのでは思いました。
◆京師美佳の視点解説:
「誰かに止めてほしい」——それは“助けを求めるサイン”
実行直前の電話。これは、信頼関係が築かれていたからこそ起きた“奇跡”です。若者が“誰かに止めてほしい”という想いを持つタイミングは必ずあります。
私たち大人がすべきことは、「いつでも話せる相手」でいること。正論ではなく、“存在の肯定”をもって接すること。防犯は装置や制度だけでなく、“関係性”によって支えられるべきものです。だからこそ、支援者・保護者・教育者には「耳を傾ける姿勢」が求められます。
■SNS世代に“危険回避”をどう届けるか
京師:若者がニュースを見ないって、よく言われていますけど、草刈さんの周りもそんな感じですか?
草刈:はい、よく聞きますよ。「テレビは全く見ていない」っていう子が本当に多いですね。
京師:今の若い子がそのテレビも見ない、ネットニュースも見ない。見るのは自分の好きなSNSだけだと聴きます。そういうことだとアルゴリズムのせいで気に入った情報しか回ってこないので、結局闇バイト防止のアナウンスは届きませんよね。
草刈:都庁も警察も凄く良いもの、YouTubeとか沢山発信してるのに勿体ないですね。
京師:ただ今は、東京都でも「特殊詐欺加害防止特設サイト」がありますし、アニメなども多用してとても親しみやすいサイトと想います。特殊詐欺の対策で登場する人物が未来まもるさんとか、調手(しらべて)みよさんとかそれぞれ名前がありましてね、皆さん名前がすごくユニークで、工夫されていますよね。
草刈:それは凄く良いことですよね。
◆京師美佳の視点解説:
情報発信は「内容×場所×伝え方」——若者に届く工夫を
SNS世代にメッセージを届けるには、“正しい内容”だけでは不十分です。「どこで、誰が、どう伝えるか」が極めて重要です。
行政や専門家が連携し、“共感できる・拡散されやすい・一目で危機が伝わる”啓発表現を展開していくことが、今後の防犯啓発の鍵になると確信しています。
■若者が本当に反応する“刺さる言葉”とは?
草刈:僕が少年院で若者に話すとき、よく『スマホが持てなくなるよ』と言うんです。それを言うと、みんな『えっ!?』って反応をします。
京師:若者にはスマホを持てないことがショックなんですね(笑)
草刈:スマホ持てないってことだよと説明すると、え~!と凄く反応するんですね、それは困りますと(笑)
京師:説明がわかりやすく、ささる言葉が必要ですね。
草刈:あと、お金も真面目に働いた方が残ります。闇バイトで連続侵入窃盗して少年院入った子のお話しですが、今ではしっかり更生し、住宅関係の仕事をまじめに取り組んでいます。まじめに働いて稼いだ分、それだけお金を大事に使うようになったとのことでした。
■百人いれば百通りの心——腹を割って話せる場所の必要性
京師:それぞれ事案の内容も違うし、相談も対応も難しくはありますよね。
草刈:そうですね。一人ずつ、多分相談する内容は、百人いたら百人違うので、一人一人と、腹を割った話し合いをきちんとしてもらいたいですね。そうしないと相手が心を開かないと想います。
京師:そうですね。ただ単に話しを聞いて終わってしまう。
草刈:そこに何処まで入っていけるかというところですよね。役所ならここまで、ここから先は警察というような。また、違うところだったらNPO団体とか、民生委員とかですね。本当に相手を救おうと思ったら、いろいろと連携を組まなければと思います。僕ら、仕事として行っていても難しいですからね。
◆京師美佳の視点解説:
「心に刺さる言葉」が必要“画一的対応”では心に届かない——多様性に寄り添う支援
若者にとって「スマホを持てなくなる」「ゲームができない」といった“日常的不自由”は、非常にリアルな危機です。抽象的な罰則説明よりも、「自分の生活がどう変わるか」を具体的に伝えることが、実は一番効果的な抑止力になります。「刑罰」よりも「生活変化・不便・失うもの」の視点で訴えるのも、闇バイト対策としてはより実効性を持つと感じます。
■地域でできること——「ちょっと変だな」と思ったら声をかける
京師:本当にこういう対策サイトを、そういう子も含めて見てもらって、自分はどうかとか、もしくは周りの人が、あの子もしかしたらと気がついて、止めてもらえたらいいなと思います。
草刈:私は企業として再犯防止に関わってますが、地域の人にも、寛容な心と感心を持って欲しいですね。
京師:感心を持つ、見守るというのはとても大切ですよね。
◆京師美佳の視点解説:
「気づく力」こそ地域防犯の柱
犯罪は、家庭・学校・職場だけでは防げません。地域全体が“見守りのまなざし”を持ってこそ、初めて未然に防げます。私もこれまで様々な現場で取材もさせていただき、住民同士が日常的に挨拶を交わし、声をかけ合う地域ほど、闇バイトや詐欺の被害率が低いと実感しています。見慣れない若者、元気のない子、違和感のある行動——そうした“変化”に気づき、さりげなく声をかける。その一歩が、大きな犯罪を防ぐ力になります。
■最後に:ひとりの心を救うことが、社会を変える第一歩
京師:今回こういった形で、インタビューに答えていただいた中で、感想とか思うところがあれば、最後にお聞かせください。
草刈:私も勉強になりまして、都庁がこのような対策を行うことによって一人の命、一人の心、自己肯定感がない子、自分を信用出来ない心の弱い子を、一人でも助けてもらえたらなと思います。そして若者にもバイト感覚でやったことが、一生に関わる影響を及ぼすってことを知ってほしいです。
京師:ありがとうございます。今日の話とか、またこのようなサイトも含めて見ていただいてる方、まさに今この中にも、ちょっと闇バイトと思って迷っている子がいたら、自分の判断が自分を守ることになるということを忘れないでいただきたいですね。そしてこのような相談窓口を頼って欲しいなと思います。草刈さん、本日は本当にありがとうございました。
草刈:ありがとうございました。
まとめ◆京師美佳の視点解説:
「“立ち止まる力”を育てる防犯教育の可能性」
どんなに危険な状況でも、誰かに「あなたは大切」と言われた経験は、若者の人生を根底から変えます。
闇バイト防止の鍵は、”信頼”もその一つといえます。草刈さんのように、若者を家族のように見守る存在が一人でも多くなること。私も一人の大人として、若者にとって「信頼できる誰か」でありたいと思っています。
草刈さんのお話の中で、特に心を打たれたのが、若者が“犯罪を行う直前”に電話をかけてきたというエピソードです。これは、若者が「信頼できる誰かが自分を見てくれている」と思えたからこそ、最終的に“犯行を留まる選択”ができた瞬間でした。防犯というと、物理的な装置や見守り体制が語られがちですが、実は最も重要なのは「心理的安全」と「関係性」だと私は考えます。安心できる大人が一人でもいれば、犯罪を回避できる子は必ずいます。
今のSNS社会では、「闇バイト防止CM」や「啓発ポスター」を見ない若者も多いのが現実です。だからこそ、“彼らの言葉で”“彼らの場所で”情報を届ける必要があります。InstagramなどのSNSで、若者に届く表現手段を使い、リアルに共感できるストーリーを伝えることが大切です。これらのことが新しい防犯啓発の柱になるべきだと、私は考えます。若者の未来を守ること。それは、今この瞬間の「声がけ」や「共感」することから始まるのです。